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千葉県、災害災害について
昨今、千葉県でも大雨や台風による冠水、浸水、土砂崩れなどの被害が各地で発生しています。
「一部地域の被害」といっても、市単位で見れば決して小さな話ではありません。
山を背負った地域、川の近く、海の近く。
実際に自分の目で見れば、地滑り、土砂崩れ、冠水など、場所によって大きな被害が出ていることがわかります。
そして災害で本当に大変なのは、その後です。
濡れた家財を運び出し、泥をかき出し、床や壁を乾かし、生活できる状態へ戻していく。
水を吸った畳も、当然交換が必要になることがあります。
そんな今だからこそ、畳屋として考えてしまうことがあります。
それが、熊本県産い草・国産畳表の供給不足と価格高騰です。
熊本地震以降、生産農家や織り手の減少、設備や生産体制など、さまざまな事情が重なり、国産畳表を取り巻く環境は大きく変わりました。
生産者にも生活があります。
原材料費、人件費、設備費も上がっています。
当然、適正な利益も必要です。
ただし、その事情だけで価格上昇の話を終わらせてしまっていいのでしょうか。
私はここに、もう一つ大きな問題があると思っています。
この問題について、畳業界の中でなかなか踏み込んだ議論がされないことです。
「熊本も大変だから」
「生産者が減っているから」
「国産だから高くても仕方がない」
それだけで終わらせてしまえば、その価格は問屋から畳屋へ、そして最後はお客様へと渡っていきます。
でも、そのお客様にも生活があります。
まして災害で被害を受けた方なら、畳だけを直せば終わりではありません。
床、壁、家財、電気設備、車など、生活を元に戻すためにたくさんのお金が必要になります。
そこで国産畳の交換費用まで大きく上がっていたら、どうなるでしょう。
実際、畳屋である私自身が、お客様に対して、
「今こんなに高いなら、無理して畳にしなくてもいいんじゃないですか?」
と言ってしまうことがあります。
畳を売ることが仕事の畳屋が、です。
これは相当深刻なことだと思っています。
お客様が「高いから畳をやめよう」と考える以前に、畳を扱っている側が、お客様の生活や負担を考えれば畳を積極的に勧められなくなっている。
そこまで来ているということです。
本来、日本の畳には、できることなら日本で育てられた良質ない草を使ってほしい。
ところが国産品が手の届きにくい価格になれば、中国産を選ばざるを得なくなる。
さらに価格が上がれば、
「じゃあ畳じゃなくていい」
という選択肢まで出てきます。
それでは、いったい何を守っているのでしょうか。
国産い草を守るための価格が、結果として国産い草を使う人を減らし、畳そのものを使う人まで減らしてしまったら、本末転倒です。
そして私は、この疑問を業界内で口にすること自体が難しくなっていることにも危機感があります。
生産者が苦労していることと、現在の価格や流通のあり方が持続可能なのかを議論することは、別の話です。
生産者を責めたいわけでも、問屋を責めたいわけでもありません。
むしろ誰かを悪者にして終わらせるのではなく、
「この価格のままで、10年後も普通の家庭が国産畳を選べるのか?」
という話を、もっと正面からする必要があると思っています。
過去の災害や苦労を伝えることも大切です。
しかし、それを価格上昇の説明だけに使い続けるのではなく、これからどうやって供給を安定させるのか。
どうすれば現実的な価格で届けられるのか。
どうすれば若い世代にも畳を選んでもらえるのか。
そこまで含めて考えなければ、「国産い草を守る」という言葉だけが残ってしまいます。
災害は熊本だけで起きているものではありません。
千葉県でも、全国各地でも起きています。
被災した人たちは、その後の生活を立て直すために必死です。
だからこそ、
生産者が続けられること。
問屋が続けられること。
畳屋が続けられること。
そして、お客様が無理なく畳を選べること。
その全部が成立しなければ、畳文化は残りません。
価格について話すことを避けない。
供給について話すことを避けない。
業界のあり方について疑問を持つことも避けない。
言いにくいことだからこそ、畳に携わる人間が議論しなければならないと思っています。
畳屋自身が「畳じゃなくてもいい」と言わなければならない状況を、当たり前にしてはいけない。
作る人、届ける人、施工する人、そして使う人。
そのすべてが無理なく続けられる環境を残すこと。
それが本当の意味で畳文化を残すことだと、畳deCo物は考えています。
本来であれば
もっと強く語気を強め
大きく問題点を挙げていきたいところですが
このような、お知らせの場で申すことでもないので
控えめにさせていただきます。
